民間信仰

前野 清太朗

台湾の街や村には、さまざまな神をまつる大小の建物(廟 びょう)がいたるところに設けられている。自宅に神像を迎え、専用の棚を設けて祖先の位牌とともに日々祈る人々も少なくない。これら神々や祖先、あるいはそれに準ずる超自然的な存在に対する信仰や儀式は台湾では「拝拝」と呼ばれる。日本でいう「民間信仰」に近いが、異なる点も多い。現在、台湾では、仏教系、道教系、カトリック、プロテスタント諸派など多様な宗教団体が活動しているが、各種の意識調査では民間信仰が高い順位で挙げられている。民間信仰は恋愛や病気、商売など人々の日々の生活や不安に寄り添う実践である。

 民間信仰には特定の宗教と結びつくものもあるが、そうでもないものも多い。例えば、台湾の漢人系の信仰は、かつて道教の一形態とみなされ、神々のいくつかは道教に結び付けることができる。しかし、観音菩薩のような明らかに仏教起源の「神々」や、いかなる神か起源の説明の難しい存在(王爺 おうや)、身元不明の死者(有応公 ゆうおうこう)、古い樹木・自然石に対する信仰などは、特定の宗教に所属させることが難しい。「寺」とついている施設に仏教起源でない神々が合わせて祭祀され、そこに道教の宗教者(道士 どうし)が招かれて儀式を行うことも珍しくない。また、道士や僧侶とは別に、神々を憑依させる「童乩」(タンキー)などのシャーマンが神の代理として儀式の中心になることもある。

民間信仰はしばしば変化を伴ってきた。各種の儀式では食物以外に線香や異界での疑似的なお金(紙銭 しせん)が捧げられ、祈りの後に焼かれる。線香・紙銭や爆竹の使用は信仰の領域ではあるが、近年では環境保護の角度から大型の廟での使用禁止や、お供え後の集団回収などが試みられている。民間信仰には特定の廟や神像をもたない対象への儀式も含まれる。例えば旧暦の毎月二日と十六日には、商店の前で供物を捧げる人々の姿を見ることができる。供物はその地域一帯を管轄する神(土地公 とちこう)に捧げるというのが一般的だが、道行くさまよえる霊に捧げると説明されることもある。


民間信仰(前野清太朗氏提供)

もっと知りたい方のために

三尾裕子編著『台湾で日本人を祀る――鬼(クイ)から神(シン)への現代人類学』慶應義塾大学出版会、2022年
劉枝萬『台湾の道教と民間信仰』風響社、1994年