鈴木洋平氏提供

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新港奉天宮

新港奉天宮

漢人系住民による「開拓」の歴史を伝える「開台媽祖」

新港奉天宮は嘉義県北部の新港にあり、1812年に建立された、台湾でも名の知られた媽祖廟の一つです。台湾での古い媽祖廟の系統を継ぐものとして「開台媽祖」の名を掲げています。1985年には嘉義県指定の古蹟に登録されました。大甲鎮瀾宮が旧暦3月に行う「進香」行事では、この奉天宮が目的地となり、様々な行事が行われます。また、媽祖の守護をする虎の形をした神の「虎爺」も有名です。奉天宮は日本統治期から臨済宗妙心寺派と関係があり、近年でも新たな活動を行っています。新港郷に隣接する六脚郷付近には、清朝の水師提督で奉天宮とも縁の深い王得禄の墓があります。これは清朝期の型式をよく残す墓で、国定古蹟に指定されています。このように、新港奉天宮とその周辺は、民間信仰と新港地域の繋がりを知ることのできる場となっています。

学びのポイント

「開台媽祖」とはどういう意味でしょうか?

「開台」とは、漢人系住民による台湾「開拓」のはじまりを意味しています。奉天宮のある新港郷は、嘉義県の北端部にあり、北港渓という川を挟んだ北側は、雲林県の北港鎮です。新港・北港地域は、かつて「笨港」と呼ばれた街でした。1797年頃に笨港地区は大洪水に見舞われ、笨港にあった天后宮も被害を受けました。そこで笨港の人々が新たに建てたのが、新港の奉天宮と北港の朝天宮であったとされます。その後、北港・新港はそれぞれ発展していき、現在はともに有名な媽祖廟となっています。「開台」を冠する廟はいくつかあり、それぞれが台湾に来た神々の歴史を示しています。

日本と新港奉天宮の間には、どんな関係があるのですか?

新港奉天宮は、日本統治期から臨済宗妙心寺派との関わりを持ち、連絡寺廟としての活動を行っていました。1928年には「今上天皇御寿牌」の金牌を受けており、これは廟に現存しています。奉天宮ではこうした事績を廟の歴史の一部として重視しており、2011年には妙心寺との間で観音菩薩像の勧請を行っています。2021年にも新型コロナウイルス早期退散を祈念し、妙心寺派寺院とともにリモートで法会を実施するなどの交流を続けています。歴史的な関係を、宗教的な活動を通じて現代の日台交流にとらえなおす試みと言えるでしょう。

なぜ媽祖を祀る廟なのに、虎爺が有名なのですか?

虎爺も媽祖と同じく神様ですが、時には神様の乗り物とされるなど、中心として祀られることは比較的少ない神様です。一方で、媽祖や関帝のような神様に比べて、より親しみやすく、色々な願いを聞いてくれやすいと期待されることもあります。新港の虎爺は、台湾各地に分霊先が多いことで有名で、毎年旧暦6月の虎爺の誕生日には、分霊先の廟の関係者が集まり儀式を行ってにぎわいます。このように台湾の廟では、主神だけではなく、ともに祀られた別の神様が有名になることがあります。台湾の人たちの信心のあり方からは、日々をたくましく生き抜く力を感じることができます。
さらに学びを深めよう
  • 【現地体験学習】奉天宮には、媽祖や虎爺以外の神様も祀られています。どのような神様がいるのか、観察してみましょう。
  • 【事前学習】【事後学習】新港奉天宮のように、歴史事象を通じた日台交流には、どのような活動があるでしょうか? ニュースや新聞などから情報を探してみましょう。
  • 【事前学習】【事後学習】新港奉天宮が建立された19世紀初めは、日本史・世界史上ではどのような時代だったのでしょうか? 廟の歴史と比較して調べてみましょう。
参考資料
台湾の民間信仰のありようを知る上では、若林正丈編『もっと知りたい台湾 第2版』(弘文堂、1998年)が良いガイドとなるでしょう。奉天宮の活動については、星野英紀・山中弘・岡本亮輔編『聖地巡礼ツーリズム』(弘文堂、2012)に記載があります。

(鈴木洋平)

ウェブサイト
公式https://www.hsinkangmazu.org.tw/

(中国語)

所在地
嘉義県新港郷新民路53号