李登輝(り とうき)

前原志保

(1923年1月15日-2020年7月30日)

第4代中華民国総統(7期途中で副総統から昇格、8期、9期)(1988年-2000年)。台湾出身初の中華民国総統。在任中の1996年に台湾初の総統直接選挙に導いたことから「台湾民主化の父」と言われる。キリスト教徒(台湾基督長老教会)。「親日家」とされる。

日本統治時代に、現在の新北市三芝区で警部補をしていた李金龍とその妻江錦の次男として生まれる。淡江中学校を卒業後、名門旧制台北高等学校に入学、その後京都帝国大学農学部農業経済学科に進学、終戦直前の1944年には学徒出陣で日本陸軍に入隊する。1945年の日本の敗戦に伴い、台湾に戻って台湾大学に編入学、1948年の卒業後は同大学農学部の助手として働く。その後アメリカに二度留学し、アイオワ州立大学で修士号を、コーネル大学で農業経済学博士号を取得した。帰国後は台湾大学で教員をしながら、政府の農業関係機関の技師として働く。

ある日、上司の推薦で蔣介石の息子である蔣経国に農業問題について報告をしたことから、政治の道へ入った。1971年中国国民党に入党後すぐに農業専門の行政院政務委員(大臣相当)を努める。1978年台北市長、1981年台湾省政府主席を経て、1984年に当時総統であった蔣経国より副総統候補に指名されて副総統に就任し、88年1月に蔣経国の死去に伴い総統となった。李登輝政権期の重要事項として、1991年の「動員戡乱時期臨時条款」の廃止による国共内戦の事実上の終結、万年国会を解散させ、中華民国憲政体制に戻したこと、言論や集会の自由の保障、戦後タブー化していた228事件の大規模調査、1995年にその犠牲者へ中華民国総統として正式謝罪したことなどが挙げられ、現在の台湾における「民主主義」「基本的人権の尊重」などの価値観のベースを作った。

もっと知りたい方のために

・李登輝『台湾の主張』PHP研究所、1999年 『台湾の主張 新編』PHP文庫、2021年
・司馬遼太郎『街道をゆく 40 台湾紀行』朝日新聞社、1994年 『街道をゆく 40 台湾紀行 新装版』朝日新聞出版、2009年

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