鉄道は世界を大きく変えましたが、台湾も鉄道によって大きく変わりまし
た。清朝時代、台湾を担当する知事であった劉銘伝は、洋務運動の一環とし
て台湾を縦断する鉄道を計画し、基隆から台北、その後新竹までが造られま
した。このとき、現在の台北駅西側に台北機器局と呼ばれる兵器製造や鉄道
車両整備をする工場が設置されました。この工場は日本統治時代にも引き継
がれ、台北鉄道工場になりました。1920年にはその東側に鉄道部の庁舎(現
・国立台湾博物館鉄道部園区)が建設されます。鉄道の発達とともに、台北
鉄道工場が手狭になったため、1935年に現在の松山へ移転しました。「東洋
最大」とも称された当時最新の現代的なこの工場は、戦後の中華民国政府に
引き継がれ、2013年まで鉄道工場として使用されました。約80年にわたって
、台湾の鉄道を支えた工場でした。
将来的には、18ヘクタールを超える広大な土地に、工場時代そのままの設
備を生かした博物館がオープンする予定です。世界には鉄道を主題とする数
多くの博物館がありますが、これだけ大規模な工場跡をそのまま博物館とす
る例はほとんどありません。それだけに、博物館開館前の現在でも見学する
ことができるのはとても貴重です。清朝時代から残されていると考えられる
大型機械から、戦後アメリカの支援を得て導入された大型クレーンなど、機
械や工具からも、台湾がこの百年間に経験した工業的な発達を見ることがで
きます。またタイムカードやスローガン、ポスター、さらにはボードゲーム
などから、工場の労働者の生活や労働の様子を身近に感じることもできます
。建築物が、日本統治時代と戦後の2つの時代にまたがって建設されているこ
とから、工法や設計の違いを見ることもできます。なかでも、労働者のため
に造られた大浴場は、ローマのテルマエを思わせる優雅なもので、数多くの
映画やドラマ、PVのロケ地として利用されてきました。様々な角度から、台
湾や世界の歴史を振り返ることができる、いまなお生きる工場跡です。