鬼(き、おに)
台湾の漢人社会における民間信仰では、人は死ぬと鬼になるとされている。注意が必要なのは日本と台湾の「鬼」の違いである。日本では「オニ」と読み、角が生え、虎柄の腰布をつけた屈強な妖怪を想像するが、中国語では「グイ」、台湾語では「クイ」と読んで日本語の幽霊や亡霊に近いものを意味する。写真は台南市の廟で撮影したものだが、日本では後ろに立っている強面の化け物が鬼だろうが、台湾では手前で責苦に遭っているものが鬼である。
台湾の鬼は不吉なもので正しく祀らないと祟られると考えられている。例えば鬼を見てしまっただけで、人は精神が不安定になることがあるという(びっくりして魂が体から飛び出てしまうと考えられている)。しかし、死者は子孫に正しく供養されると、子孫に福をなす祖先になる。ただし、天寿を全うし、男性の子孫に祀られるなどの条件があり、全ての死者が良い祖先になれるわけではない。浮かばれない魂たちが鬼として場合によっては地獄で苦しめられ、場合によってはこの世にとどまり供養してもらえるのを待っているとされる。
旧暦の7月は鬼月とされ、地獄の門が開いてこの世に鬼たちがやってくると考えられてきた。そこで鬼を供養する普渡という儀礼が行われる。特に旧暦の7月15日の中元節には各地で鬼たちを供養する盛大な儀式が行われる。日本でもお盆の時期に主に祖先の霊を供養するが、台湾では祖先だけではなく、鬼たちも供養するのである。
鬼を陰神という低位の神として小さな祠に祀ることで祟りを避けることもある。そうした神は有応公や萬善公などと呼ばれるが、祀られているうちに御利益があると評判になって信者が押し寄せるようになり、徐々に大きな廟になるケースも見られる。台湾の死者の霊とは、このようにダイナミックで活き活きとしている。
もっと知りたい方のために
・渡邉欣雄『漢民族の宗教 社会人類学的研究』第一書房、1991年
・三尾裕子編著『台湾で日本人を祀る 鬼(クイ)から神(シン)への現代人類学』慶應義塾大学出版会、2022年
