媽祖を祀る祭壇(郭書瑜撮影)
絢爛たる廟の入り口(郭書瑜撮影)
慈鳳宮
慈鳳宮
屏東市内で最古かつ最大規模の媽祖廟
慈鳳宮は屏東で最も古い廟の一つで、屏東市の中心地域にあります。この廟が建てられたのは1737年ですが、廟の中にあり、媽祖の霊力が宿った火とされる「香火」はそれより古く、各地の媽祖廟の元祖があるという福建省・湄洲島から、1661年に一人の僧によってもたらされました。古くは屏東を「阿緱(あこう)」といい、慈鳳宮が媽祖を祀る廟であることから、「阿緱媽祖廟」とも呼ばれています。鄭氏政権期には、阿緱媽祖は官衙(役所)の建物の中に祀られていましたが、清朝の統治時代になって、初めて木造の廟が建てられました。その後、信者の数が増えるにつれて、廟の規模も徐々に大きくなっていきました。
学びのポイント
行政や教育の場でもあった媽祖廟
慈鳳宮は媽祖を祀る地元の信仰の中心地というだけではありません。清朝時代には、その中に役所が置かれ、地域行政の拠点でした。清朝時代末期には、地域の子どもたちに漢学を教える私塾が開かれ、日本統治時代にも、教育の場が引き継がれました。1898年に初等教育機関である国語伝習所と阿緱公学校が設置されましたが、しばらくの間は慈鳳宮の一部を使って授業が行われていました。このように、慈鳳宮はただの宗教施設ではなく、時代によって行政や教育の一角を担う場所だったのです。
漢民族移民の台湾開拓史を刻む「龍柱」
慈鳳宮にある2本の龍柱は、清朝時代の作と言われ、福建省・泉州でとれた「壓艙石(あんそうせき)」という白石でつくられています。壓艙石でつくられた柱は、台湾でも13対しかなく、たいへん珍しいものです。壓艙石は、昔中国から台湾に船で渡るとき船の底に入れて、波の強い海でも船が安定するためのおもりとしたもので、台湾に着いてからは寺廟の建材として使われました。慈鳳宮の2本の龍柱は、かつて漢民族が台湾にやってきて、この土地で新しい暮らしを始めた歴史を物語っています。
漢民族移民の歴史を見続けてきた龍柱(郭書瑜撮影)
さらに学びを深めよう
- 【事前学習】媽祖はどういう神なのかを調べてみましょう。
- 【現地学習】廟の中に7つの石碑があります。それぞれどの時代に建てられたかを確認しましょう。
参考資料
台湾の宗教についての概説は、藤野陽平「台湾の宗教―悲しくも麗しい島の多元的な祈りの姿」(SNET台湾編『臺灣書旅~台湾を知るためのブックガイド~』台湾文化センター、2022年)、赤松美和子・若松大祐編著『台湾を知るための72章【第2版】』(明石書店、2022年)の木村自「第54章 宗教―越境とグローバル化」が参考になります。台湾の媽祖信仰については、「みんなの台湾辞典」の媽祖を読んでみましょう。また、廟での参拝の作法などについては、SNET台湾YouTubeチャンネル『台湾修学旅行アカデミー』の「第11回 台湾の民間信仰~参拝・おみくじ篇~」を観てみましょう。媽祖がどういう神様かについては、若干専門的ですが、三尾裕子「〈媽祖〉は誰にとっての神か?――グローバル化・ナショナリズム・ローカル化」鈴木正崇編『東アジアの民衆文化と祝祭空間』(慶應義塾大学出版会、2009年)で知ることができます。
