福田栞提供

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高雄市立美術館

高雄市立美術館

高雄から「南方」イメージを捉え直し、台湾美術を見つめ直す

高雄市立美術館(通称・高美館)は、高雄ライトレールの美術館駅にほど近く、別館の児童美術館を含めた全ての施設が、內惟埤文化園区の敷地内にあります。43ヘクタールにおよぶ広大な敷地の園区内の各所に立体作品やパブリックアートが設置され、自然と芸術が融和する理想的な空間となっています。1994年の開館以来、高雄を中心とした南台湾における芸術振興を目標に掲げ、台湾南部出身作家の作品の収集と調査・研究、そして将来を嘱望される現代作家の発掘と育成を進めてきました。また、「市民に開かれた美術館」というコンセプトのもと、台湾の人々の集団的記憶や政治、社会問題に訴えかける作品を展示することで、鑑賞者に気づきや対話のきっかけを提供しているのも大きな特徴です。

学びのポイント

高雄から台湾美術を語る

高雄市立美術館は、台北市立美術館(台北・北美館)、国立台湾美術館(台中・国美館)に次いで台湾で3番目に誕生した公立美術館です。他の都市の美術館とは異なる特徴を出すために、高美館は高雄における芸術発展の歩みを掘り起こし、「南方」という概念によって作品の価値を新たに捉え直そうとする常設展「大南方(South Plus)」の開催に力を入れて取り組んでいます。
美術史において「南方」とは、しばしば先に近代化を果たした国からやってきた芸術家が未だ文明に汚されていない「未開の地」や「ユートピア」とみなし、描いてきた歴史があります。急速な近代化の弊害が懸念されるようになると、そうした画題は文明批判の意味も含むようになり、自らの主義主張を表明する格好の画題となりました。しかし、そうした「南方」のイメージとは、あくまでも外の世界からの人間の眼差しによるもので、「南方」に住む人々が主体的に表現したものではありませんでした。高雄もまた台湾の「南方」に位置し、長年首都台北との文化的格差を問題意識として抱えてきました。高美館は、そうした世界の普遍的な問題を、自館のもつ作品群に引き寄せて、高雄で主体的に作品制作を行うこと、また「南方」の作品を集めて展示を行うことの重要性を鑑賞者に訴えているのです。「大南方(South Plus)」展示室からは、高雄から示された一枚岩ではない多彩な台湾美術を、深く感じることができるでしょう。

黄土水の遺作 《水牛群像》について

高美館の展示室は地下一階、地上四階建ての吹き向け構造になっています。展示室の階段を登ってまず目につくのは、台湾を代表する近代彫刻家・黄土水(1895―1930)の《水牛群像》(別名《南国》)(1930年)の巨大なレリーフです。ただし石膏で造られた原作(オリジナル)は、現在、中山堂にあります。高美館にあるものは、1983年に文化建設委員会(現在の文化部)がブロンズ複製に成功した際に使用されたガラス繊維の原型モデルです。黄土水は日本統治時代の台湾に生まれ、台湾人として初めて東京美術学校(現在の東京藝術大学)に内地留学し、近代彫刻の技法を学びました。また、日本の官設美術展である帝国美術院展覧会に入選した経験もある彫刻家です。本作は、植民地出身である彼が、統治国である日本の芸術界に「近代芸術家」として認められた後の短い彫刻家としての人生における到達点とみなされています。学生時代に必死に習得した確かな技術をもとに、「台湾」の芸術について真剣に考え、独自性の追求をあきらめなかったひたむきさが、今もなお人々の胸を打ちます。

中山堂にある《水牛群像》(福田栞提供)

山本悌二郎胸像がつないだ高雄と佐渡

近年、日本の佐渡市から高美館に寄贈された一体の胸像が話題を呼びました。それは、日本統治時代に台湾製糖株式会社の設立に参与して社長を務め、後に政治家へと転身した山本悌二郎(1870―1937)を記念して制作された銅像です。この銅像を制作したのが黄土水です。山本像は、かつて台湾製糖の工場内に置かれていましたが、戦後、山本の出身地である佐渡市真野公園に移されました。2009年の調査で、この銅像が黄土水の作品であることが確認されました。黄土水の作品の多くは散逸していたため、山本像の発見は台湾の近代美術史研究において極めて重要な出来事でした。2017年に彰化県の高校生が佐渡にある山本像の見学に訪れたことをきっかけに、佐渡でもこの銅像への関心が高まり、山本像の台湾帰還を目指す動きが広がりました。一方、高雄市でも台湾製糖が高雄近代化の礎であり、その設立に深く関わった山本の銅像を、高雄の歴史を物語る文化資源として位置づけるようになりました。2022年、関係者の尽力により山本像は高美館のある高雄に帰還し、再び高雄の歴史の一部としての道を歩むことになったのです。

2009年撮影(鈴木恵可提供)

さらに学びを深めよう
  • 【事前学習】訪れる日程に開催中の展覧会をチェックし、該当作家の情報を可能な限り集めましょう。展覧会のテーマや問題設定の把握にも努めましょう。
  • 【事前学習・現地体験学習】黄土水のドキュメンタリー映像「歸途-黃土水〈甘露水〉代管典藏紀錄片」 (英語字幕あり、一部日本語)を見て予習し、実際の展示を見て感じたことを話し合ってみましょう。作家が鑑賞側に訴えたかったことは何かを考えてみましょう。
  • 【事前・事後学習】国立文化財機構所蔵品検索システムでは日本の国立博物館・美術館にある一部の所蔵品を検索することができます。台湾の所蔵品を検索し、どのような所蔵品が多いのか、またなぜ日本の美術館に所蔵されているのかその背景についても考え、話し合ってみましょう。
参考資料
台湾の近現代美術について、手軽に知りたいなら『台湾を知るための60章』(明石書店、2016年)の第39章美術(呉孟晋)がおすすめです。また、日本統治時代の台湾に生まれ育った台湾人青年芸術家たちが、作品制作に際し直面した葛藤や課題について歴史的背景とともに学べるのは、邱函妮『描かれた「故郷」:日本統治期における台湾美術の研究』(東京大学出版会、2023年)、および鈴木恵可「日本統治期の台湾人彫刻家・黄土水における近代芸術と植民地台湾 : 台湾原住民像から日本人肖像彫刻まで」『近代画説』(2013年12月)です。どちらも内容はやや専門的であるものの、日本の美術との関わりが深い台湾美術を知る第一歩として欠かすことのできない著作、論考であるといえます。山本悌二郎胸像がつないだ高雄と佐渡については、大洞敦史「佐渡と高雄をつなぐ山本悌二郎とその銅像の物語」(nippon.com)に詳しく書かれています。

(福田栞)

ウェブサイト
公式 https://www.kmfa.gov.tw/

(中国語・英語)

所在地
高雄市鼓山区美術館路80号
入場料一般90元(そのほか、学生団体割引等は公式HPをご参照ください。)
月曜、年末は休館