臺灣新文化運動紀念館 台湾新文化運動紀念館

投獄された苦痛を体験せよ

李鎧揚提供

1933年に落成した二代目の台北北警察署は、戦後も警察署として使われていました。1998年には、建造物としての歴史的価値が認定されました。2006年に台湾新文化運動紀念館としての再利用が決められ、2018年10月14日に開館式典が行われました。日本統治期に、台湾知識人は台湾文化協会、民衆党、農民組合、台湾共産党などの団体を結成し、文化啓蒙運動や議会設置運動、そしてさまざまな社会運動などを推進しましたが、そのために逮捕された多くの幹部は台北北警察署に拘留されました。この記念館では、当時の拘置室や水牢(水を中に満たした牢屋)が見学でき、常設展や特別展ではさまざまな政治社会運動の歴史や社会の変化について展示されています。

学びのポイント

台湾新文化運動とは何か?

1920-30年代、台湾社会のエリート層は新聞雑誌を創刊し、さまざまな講演会や演劇、映画鑑賞会、音楽会などを開催しました。これは政治社会運動と連動したもので、植民地知識人の新文化運動と言えます。この時代、多くの西洋や日本のモダン文化が台湾に伝来し、台湾の「ルネサンス」の時代とも言われました。そのうち、新文学や流行歌の創作などで 大きな業績が生まれました。

台北の警察署及び監獄は何か所?

日本統治期の台北には北と南の警察署、そして萬華分署が設けられましたが、これは「城内、萬華、大稲埕」という台北三市街区の区分と一致しています。城内の東側の台北監獄には、刑が確定した受刑囚が収容されました。戦後、台北市には市の警察署のほかに、各行政区に「分局」が置かれ、北警察署は「大同分局」となりました。統治者が交代しても、統治手段としての警察署や監獄は依然として必要だったと言えるでしょう。

何義麟提供

 

抗日記念館との相違点?

台湾新文化運動紀念館の展示は抗日運動やそのリーダーたちを讃えるのではなく、新文化の展開とその成果を強調することに重点を置いています。「拘置所」や「水牢」の展示には抗日の側面もありますが、史跡を紹介するという意味の方が強いと言えるでしょう。新文化運動のネーミングにはポジティブな意味が込められ、普通の抗日記念館とは全く違った発想が込められています。

李鎧揚提供

 

さらに学びを深めよう

  1. 【事前学習】【事後学習】この記念館と関連している蔣渭水記念公園の史実と史跡を調べてみましょう。
  2. 【事前学習】【事後学習】台湾の大稲埕や廸化街という町の茶文化や経済史などを調べてみましょう。
  3. 【現地体験学習】展示物の中から容疑者を拘束した道具や拘置所の監視台を探してみましょう。

参考資料

日本統治期の政治社会運動については、伊藤潔『台湾』(中公新書、1993年)の第6章「日本植民地化の近代化」が参考にしてください。また、専門的なものとしては、若林正丈『台湾抗日運動史研究【増補版】』(研文出版、2001年)もあります。SNET台湾のYouTube番組「台湾修学旅行アカデミー 第6回 建築から知る台湾」(講師:上水流久彦)では、日本統治期に建てられた建築の見方について学ぶことができます。合わせてご視聴ください。

(何義麟)

ウェブサイト
公式https://tncmmm.gov.taipei/
所在地
台北市大同区寧夏路87号