岡野〔葉〕翔太撮影

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筠園-鄧麗君墓園

テレサ・テン(鄧麗君)紀念公園―筠園

時代や国を超え、今もなお愛されるアジアの歌姫テレサ・テンが眠る場所

筠園は、新北市金山区の金宝山墓園の一角にある、歌手テレサ・テンの墓地です。テレサは、1953年に雲林県で生まれ、台湾では鄧麗君という名前で知られています。筠園は彼女の本名である鄧麗筠から名付けられました。テレサは1970-90年代にかけて、台湾、香港、日本、東南アジアで活躍をしたことから「アジアの歌姫」と呼ばれています。1974年には日本でもデビューし、1980年代にリリースした「つぐない」、「愛人」、「時の流れに身をまかせ」は今でも日本のカラオケで歌い継がれています。筠園のある金山は台北からバスで1時間半ほどの距離の場所にあります。5月8日の命日には、日本からも多くのファンが訪れ、美しい花々で墓碑が囲まれます。

学びのポイント

両親の故郷とテレサ・テンの故郷

テレサ・テンの両親は中国大陸の出身です。父の鄧枢は1915年に河北省で、母の趙素桂は1926年に山東省で生まれました。鄧枢は10代で国民党の軍隊に入隊し、1943年に趙素桂と結婚しました。結婚当時の中国は日中戦争の真っただ中にあり、鄧枢は軍の一員として日本軍と戦った経験があるそうです。日中戦争が終結すると、国共内戦が再開し、やがて国民党は共産党に敗れます。父母は息子2人を連れ、1949年に大陸から台湾へと渡ります。戦後、大陸から台湾へと渡った「外省人」と呼ばれる人びとの多くは、台湾各地にあった「眷村」と呼ばれる集住地区で身を寄せ合っていました。一家も各地の眷村を転々とし、雲林で生まれたのが娘の麗筠でした。

フィリピンの華字新聞『国際新聞』(1995年6月7日)。マニラでのテレサ・テンの歌を歌い競うコンクールの参加者募集記事。(岡野〔葉〕翔太撮影)

戦後台湾の音楽シーンとテレサ・テン

幼いころ、音楽が好きな麗筠の愛唱歌は、ラジオから流れる美空ひばりの「リンゴ追分」だったようです。1960年代の台湾では日本からの輸入映画も人気で、さらに日本の歌謡曲がカバーされて台湾語や中国語の流行歌となり、人びとに親しまれていました。 麗筠は10歳のころ、のど自慢大会で「訪英台」を歌い優勝します。この歌は安徽省の劇にルーツを持つ黄梅調の節回しが特徴です。1967年、14歳のとき鄧麗君として歌手デビューします。当初はカバー曲を中心に、黄梅調、1930年代の上海の流行歌、同時代の日本の歌謡曲、欧米のポップソングなど幅広いジャンルを中国語で歌い、台湾語の楽曲も歌っています。こうした多様な音楽は当時の台湾流行歌の特徴でした。

岡野〔葉〕翔太撮影

アジアの歌姫へ

鄧麗君の歌は、台湾にとどまらず、東南アジアの華僑にも広く伝わります。さらに1980年代初頭、改革開放が始まって間もない中国でもその歌が聞けるようになり一世を風靡しました。テレサ・テンの名で日本にも進出していた鄧麗君は、日本語で発表した楽曲を中国語でも歌います。「時の流れに身をまかせ」が「我只在乎你」として中華圏でも人気を博すなど活動の幅が広がります。ただ「愛人」の歌詞の内容から、日本では日本人男性の欲望を投影した「女性」像を背負わされたといえます。そのため日本とはイメージが異なるアジアでの活動はあまり注目されてきませんでした。現実のテレサは両親の故郷である中国大陸の政治状況にも関心を寄せていました。1980年代、中国大陸では民主化を求める声が高まっていました。しかし、1989年の天安門事件で、その声はかき消されます。中国の民主化を願うテレサはこの事件に失望し、香港からパリへと移住して歌手活動を控えます。1995年5月8日、テレサは中国大陸を訪れぬまま、静養先のタイで亡くなりました。42歳でした。
さらに学びを深めよう
  • 【事前学習】【事後学習】1949年前後、中国大陸から多くの人が台湾へと渡った背景について調べてみましょう。
  • 【事前学習】【事後学習】戦後の台湾の流行歌から、台湾ではなぜ日本の曲調が受容されたのか調べてみましょう。
  • 【事前学習】【事後学習】台湾で作られた流行歌がなぜ中華圏で広まったのか、時代背景を踏まえながら調べてみましょう。
参考資料
テレサ・テンの生涯については、有田芳夫『私の家は山の向こう――テレサ・テン十年目の真実』(2007年、文春文庫)、平野久美子『華人歌星伝説 テレサ・テンが見た夢』(2015年、筑摩書房)が参考になります。日本におけるテレサ・テンのイメージについては、押野武志ほか編『交差する日台戦後サブカルチャー史』(2022年、北海道大学出版会)所収の押野武志「一九七〇年代アジア系女性アイドル論」が参考になります。台湾での日本曲調の受容や台湾流行歌の変遷については、陳培豊『歌唱台湾: 重層的植民地統治下における台湾語流行歌の変遷』(2021年、三元社)を読んでみましょう。

(岡野(葉)翔太)

ウェブサイト
交通部観光局 https://jp.taiwan.net.tw/m1.aspx?sNo=0003091&id=5107

新北市旅遊網 https://newtaipei.travel/ja/attractions/detail/111793
所在地
新北市金山区西勢湖18号