莫那魯道紀念公園(霧社事件紀念公園) 莫那魯道紀念公園(霧社事件紀念公園)

日本による台湾山地植民地支配の抑圧と、台湾先住民 による抵抗と決起という暴力的事件を知る

赤松美和子撮影

「霧社事件」とは、1930年10月27日に台湾先住民族セデック6集落の300余名が決起し て霧社で日本人を襲ったことに起因する一連の事件です。日本側はこれを鎮圧し、生き残 りのセデック人を1931年5月に霧社から約40キロ離れた川中島集落に強制移住させました 。モーナ・ルド紀念公園は戦後に中華民国政府の下で整備されたものです。マヘボ集落の モーナ・ルド(Mona Rudo)は、決起のリーダー的存在と見なされています。セデック人 決起により殺害された日本人は134名、漢人2名であり、日本軍警は鎮圧と報復のために、 約1000人のセデック人を殺害あるいは自殺に追いやりました。翌1931年4月には、日本側 について戦ったセデック人(トダ人)が日本警察にそそのかされ、収容されていたセデッ ク人(トグダヤ人)を集団虐殺するという、第二霧社事件も起きました。

学びのポイント

民族の名称と個人名表記について

霧社事件について、民族の名称や個人名表記についてまず付記しておきます。「セデッ ク」民族は、2008年に「正名」が台湾政府に承認されました。それまでセデックは、日本 統治期から「タイヤル(アタヤル)」民族の範疇に入っていたので注意が必要です。2020 年現在、台湾先住民族として全16民族が公認されています。また上に記したように、セデ ック民族内部の集団も複雑で、トグダヤ、トダ、トゥルクの3グループで言語が異なりま す。「モーナ・ルド」はしばしば「モーナ・ルダオ」と表記されますが、「ルド」はトグ ダヤ語の音、「ルダオ」はトダ語の音に近いのです。モーナはトグダヤ人のため、ここで はトグダヤ語の音を採用します。また「高砂族」は日本統治期に、「高山族」は戦後中華 民国政府期に他者から付けられた名称です。台湾先住民族はそれら他者からの命名を批判 し運動を起こして、自らの正式名称として中国語の「台湾原住民族」という呼称を台湾社 会に承認させていきました。こうした名称について細かく見ていくことが、歴史を学び直 すことにつながっていくことに注意したいと思います。

「モーナ・ルド紀念公園にあるモーナ・ルド像。」中村平撮影

 

事件はなぜ起きたのか

事件の原因は、日常的差別待遇、過酷な出役労働、低賃金と警察官の着服などへの不満 が挙げられています。背景として、長期にわたる日本の強圧的な山地政策と行動の制限も 考えられます。日本統治下の台湾におけるその他の抗日事件や抵抗運動の原因にはどのよ うなものがあるのか、それらと霧社事件の共通点と差異を考えてみましょう。
 

様々な事件の解釈、「抗暴」という解釈

霧社事件については、日本の台湾総督府、戦後の中華民国政府、セデック人当事者など 様々な立場から、事件が解釈されてきました。例えば、モーナ・ルド紀念公園とそこで行 われる追悼式は、中華民国政府の見方を表すひとつのあり方です。そこではセデック民族 内部の和解の推進よりも、モーナを中華民族の一員として抗日英雄化しようとする力が強 く働きました。セデック人の中には事件が「抗暴」行為であったという見方もあります。 現在、セデック民族議会が立ち上げられており、セデック人自身により事件と歴史の解釈 が深められようとしています。
 

さらに学びを深めよう

  1. 【事前学習】【事後学習】事件に直接の関わりのない現代の日本人が、霧社事件について学ぶことの意味を考えてみましょう。
  2. 【事前学習】【事後学習】霧社事件について、例えば、台中では、東海大学の教員・学生が中心となって台湾東亜歴史資源交流協会を立ち上げ、シヤツ・ナブ(Siyac Nabu)著、戴佩如・古川ちかし編『セエデク民族』(2015年)に結実するなど、21世紀に至る霧社事件とその後の探究が行われています。真の「和解」とはどのようなことか考えてみましょう。

参考資料

台湾先住民族と霧社事件については多数の文献があるので、以下から芋づる式に文献をひ も解いていくとよいでしょう。台湾の先住民族について基本知識を得るには、周婉窈『図 説台湾の歴史』増補版(平凡社、2013年)、中国語の「原住民族」の日本語への訳出や呼 称の変遷については、専門的ですが、中村平「台湾先住民における轉型正義/移行期正義 と日本の植民地責任」『比較日本文化学研究』13号、2020年が参考になります。霧社事件 については、中川浩一ほか『霧社事件』(三省堂、1980年)、漫画には、邱若龍『霧社事 件』(現代書館、1993年)があります。鄧相揚は『抗日霧社事件の歴史』(日本機関紙出 版センター、2000年)など3冊を出しています。事件の生き残りとの交流を描いた中村ふ じゑ『オビンの伝言』(梨の木舎、2000年)も大事です。専門的には、戴国煇編『台湾霧 社蜂起事件:研究と資料』(社会思想社、1981年)が、研究と一次資料を付しています。 台湾で話題になった映画に『セデック・バレ』(魏徳聖監督)があり、続編の『余生(セ デック・バレの真実)』(湯湘竹監督)はサバイバーの生を描きます。近年のセデック民 族内での和解と「正名」の動きについては、上記の中村平(2020)を参照してください。

中村平

ウェブサイト
南投県政府http://travel.nantou.gov.tw/detail.aspx?type=scenic&id=449
     
所在地
南投県仁愛郷仁和路4号