台中國家歌劇院

「台中七期」とは、台中市にある「七期重劃区」の略称で、現地でも一般的に使われている言葉です。「重劃」とは「市地重劃」のことで、日本でいう「区画整理事業」に当たります。その事業手法は日本統治時代にまでさかのぼり、戦後も台湾では台中市を中心に新市街の開発に多用されてきました。「七期」とは台中市内で第七期に実施された区画整理事業エリアであることを示します。「台中七期」は1992年に計画造成された、台中市西屯区、南屯区にまたがる計353haのエリアですが、もともとは旧市街（日本統治時代の市区改正によって形成された当時の中区）の開発圧力を緩和するために計画造成されたものでした。その後、人口の増加や市街地の拡張に伴い、副都心としての役割が強まっていきました。2000年代以降には、新市庁舎竣工により、新都心としての位置づけが確固たるものになりました。現在「台中七期」周辺には、多くの百貨店、大型都市公園、高級ホテル等が林立し、台中の名門私学・東海大学、逢甲大学などにも近い場所であることから、新興の高級住宅街としてのイメージも定着してきています。

高層マンションが林立する「台中七期」（著者撮影）

歌劇院は「建築を聴く」をコンセプトとして、建物の輪郭などのあちこちに洞窟のような穴と呼吸する穴を設けています。芸術の息遣いが建築の中に満ち溢れ、純粋に幾何学的ではなく自然な有機体さながらの構造物になっています。内部の構造体はカーブを描く曲面壁で、末端を除いてほとんど直線はありません。58の曲面壁と29の洞窟が様々なスケール感の空間を生み出すとともに、これらの空間がそれぞれ緩やかにつながり、従来の建築物の枠組みを超越した、流れるような「いきもの」としての空間を作り上げています。まさに世界でも例をみない画期的なものと言えるでしょう。 このような造形美の着想には、伊東氏の自然や空間への原体験が深く関係していると考えられます。長野県の諏訪湖畔に幼少期を過ごした伊東氏は、諏訪湖の内部性を自然への原体験として持ち、幾何学を是とする西洋建築に対して、伊東氏は非幾何学的な建築空間を模索してきました。歌劇院に用いられる曲線は、それが立地する台中七期の区画整理住宅地のグリッド状のまち割りを、アルゴリズムにより変形させながら、上にも横にも連続させる構造体として生み出されました。この構造体を実空間で実現するために、まずトラスウォール工法によって二次元曲線のトラスを作り、それらを少しずつ縦に並べながら横にも繋がる三次元のピースとして組み立てて、一つのトラスウォールユニットをつくります。このように夥しい数のユニットを繊細につなぎ合わせながら組み立てて構築されたのが歌劇院の構造体なのです。

洞窟のようなカーブを描く曲面壁が息づく造形美（著者撮影）