赤松美和子、若松大祐編著

台湾を知るための72章【第2版】

(明石書店、2022年)

TAIWAN bunko REVIEW

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胎中千鶴

「72章」は無敵ワード

「ソレナナジュウニショウデ」
大学のゼミで学生から卒論やレポート作成の相談を受けるたびに、私はこの暗号を静かに口にする。「それ72章で」、つまり「台湾のこのトピックについて知りたいのなら、いつものようにまず『台湾を知るための72章』をあたりなさい。話はそれからだ」という意味である。
学生も慣れたもので「了解っす!」とあっさり納得、おかげで私も研究室に帰ってお茶を飲めるので円満解決というわけだ。この無敵ワードにどれほどお世話になっただろうか。大学の職をリタイアした今も、本書に足を向けて寝られない。

研究者の「集合知」

「72章」がなぜそんなにすばらしいかは、ページをめくればたちまちわかる。一言でいえば「研究者の集合知を項目別にさっと読めるすぐれもの」なのだ。
一般書を手に取る読者は、必ずしも台湾を幅広く知りたい人ばかりではない。正確な情報や知識をピンポイントで欲しいときもあるだろう。本書を含む明石書店のシリーズ「エリア・スタディーズ」自体がそうしたニーズにこたえているのだが、本書もまた第一線の研究者を中心に多面的なアプローチがなされており、知りたいことを手際よく教えてくれる。

「執筆者一覧」で広がる妄想

私が個人的に大好物なのは巻末の「執筆者一覧」だ。それぞれの「オススメの台湾美食」「オススメの台湾の場所」が出ており、有名な観光スポットから、思いきりマニアックな飲食店まで、ひとりひとりの「私の台湾」が垣間見える。この場所、この一品は、もしかしたらその人にとって一生忘れられない特別な思い出とつながっているのかも…などと、ついロマンと妄想を繰り広げてしまう。

研究者の熱量が生んだ本

ところで、本書の前身にあたる『台湾を知るための60章』の刊行は2016年。「百科事典的な台湾概説書がついに出た!」と感動したことを憶えている。
といっても、百科事典型がそれまでなかったわけではない。『もっと知りたい台湾』(弘文堂・1986年、第2版は1998年)を皮切りに、『台湾百科』(大修館書店・1990年、第2版は1993年)、『暮らしがわかる〈アジア読本〉台湾』(河出書房新社・1995年)など、どれもきわめて充実した内容で、当時大学院生だった私にとってかけがえのない存在だった。
しかし残念なことに、その後しばらく日本ではこうしたスタイルの概説書は刊行されなかった。90年代後半以降も日台両地で台湾研究は着実に進み、一般読者の台湾への関心も急速に高まったのだが、当時の台湾研究者たちがその変化のスピードに対応しきれなかったとも言えるだろう。私自身も研究者の末席にいたのだから、2000年代の空白期間については忸怩たる思いがある。
そうした状況に危機感をおぼえた若手研究者たちの熱意が「60章」を生み、その後台湾社会の変化に合わせてアップデートされたのが「72章」なのだ。常に前を向いて進化を止めないところは台湾の姿と重なり、ひたすら頼もしい。
私の手元には「60章」のほか、ページをめくりすぎてボロボロになった「72章」と買ったばかりの「72章」がある。合計204章だ。おそらく今後も増えていくに違いない。それに自分がついていけるかどうか、そっちばかりが心配なシニア世代の私である。