伊藤潔

台湾

四百年の歴史と展望

(中公新書、1993年)

TAIWAN bunko REVIEW

ナビゲーター

胎中千鶴

「きよし本」と歩んできた

手元にはけっこうな数の台湾関連書籍があるが、正直なところ通読していないものも多いし、目次だけ「読んだ」本もある。そんななかで、ヘナヘナになるほどページをめくり、最後は本体がぶっこわれるまで持ち歩いた推し本が、伊藤潔『台湾』だ。私は本書を「きよし本」と呼んでいる。
きよし本とのつきあいは長い。1993年刊行と言えば、ちょうど社会人の私が台湾史を一から学ぼうと大学に入り直したころ。手に入れやすい新書で、簡明かつ丁寧に書かれているきよし本は、たちまち大切な教科書となった。
その後大学教員として台湾史を教える立場になると、今度は授業準備に欠かせない相棒として大活躍。人名や事件など基本事項を度忘れしても(もともと知らなくても)大丈夫。本書をめくれば必ず答えが見つかる。親切で優しいきよし本。
ある日、いつものように教室に持参しようとしたら、唐突に崩壊した。ページがバラバラとほどけて、研究室の床に散ってしまったのである。ああ、お疲れきよし…。あらためて共に歩んだ長く尊い日々を思い出し、涙する私であった。

推しポイントは「平易な通史」

さて、本書のどんなところが推せるかというと、なんといっても「平易な通史」であることだ。
いうまでもなく新書の通史は、誰もが読みやすいようにバランスのとれた視点と記述が求められる。しかし、本書が出た90年代まで台湾史の一般書はそうではなかった。日本の台湾研究が市民権を得たばかりの当時は、著者の政治的・思想的立場を色濃く反映する文章にニーズがあり、「クセつよ」本のほうがむしろ存在感を放っていた。
本書はそんな時代の空気と一線を画すようなクセのない筆致だったので、刊行時にその書きぶりを揶揄する声があったことも事実だ。でも今となってみれば、だからこそのロングセラーなのだと思う。

胸がつまる「あとがき」

とはいえ、本書は決してただ淡々と事項を並べただけのものではない。「あとがき」を読むと、伊藤潔さんがいかに強い決意と熱意によって筆を進めたかがよくわかる。
1937年に台湾・宜蘭で生まれた伊藤さんは、日本の植民地統治とその後の国民党による強権政治の両方を経験した台湾人だ。彼は「政治的になんらの制約も受けずに、自由な立場で小著を刊行できる幸福を味わっている」(236頁)とも書いていて、私はこのくだりを読み返すたびに胸がつまる。
彼が本書の執筆を始めたのは、戦後長く台湾人を苦しめた「戒厳令」が解除されて数年後のこと。第十一章「急テンポで進む民主化」は、李登輝総統のもとで民主化がぐいぐい進行するのを見守りながら書き上げたに違いない。それが彼の人生にとってどれほど大きな意味をもつのか。「あとがき」で伊藤さんは、こんなことも書いている。

序章を含めて小著は十二章からなり、「終章」はない。台湾を故郷とする私の願いを込めてのことであり、台湾が永遠にこの地球に在りつづけることを、心から希求してやまないからである。(240頁)

伊藤さんは2006年に他界したから、ここ20年ほどの日本における台湾研究の飛躍的な蓄積を見届けることはできなかった。けれど、本書が日本社会の台湾理解の幅を広げ、道を拓いたことは確かだろう。台湾に対する彼の尽きぬ思いは、きちんと読者に届いているはずだ。
その後私は2冊目を購入したが、1冊目もセロハンテープだらけのまま健在で、今もページをめくるときはこちらを選んでしまう。きっとこれからもこうしてきよし本と一緒に過ごすのだろう。