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臺灣書旅

台湾の食文化を知るためのブックガイド

(台北駐日経済文化代表処台湾文化センター 2024年)

TAIWAN bunko REVIEW

ナビゲーター

大岡響子

台湾菜探しの導き手

「本書を読めば、あなたにとっていちばんの台湾菜探しをお手伝いする導き手がきっと見つかる」と言ってもいいほど、さまざまな角度から台湾の飲食文化にせまった書籍が38冊も紹介されている。小説、エッセイ、レシピ本にガイドブックまでジャンルは多岐にわたり、まるで万華鏡のような1冊である。
なかでもここ2年に出版された楊双子『台湾漫遊鉄道のふたり』(中央公論新社、2023年)と陳玉箴『「台湾菜」の文化史』(三元社、2024年)の2冊は、台湾美食好きの必読書だと思う。
全米図書賞翻訳部門および日本翻訳大賞を受賞した小説『台湾漫遊鉄道のふたり』は、日本統治時代を舞台に、日本人作家の青山千鶴子と台湾人通訳の王千鶴の鉄道ふたり旅、そして彼女たちの複雑な関係性を描いている。日本人におもねった食事に満足しない千鶴子は、ローカルフードこそ至高とばかりに、米篩目、麻薏湯、肉臊飯、菜尾湯など、王千鶴が紹介する庶民の味―今では珍しいノスタルジックな味も含め―を次々と胃袋に収めていく。読んだそばからおなかが鳴ってしまうような美食の描写が醍醐味の同書だが、魅力はそれだけにとどまらない。自作を歴史百合小説と位置付ける作者は、千鶴子と千鶴の関係性を通して植民統治下の解消し得ない不均衡を描き出し、いま、私たちはその歴史をどのように位置付けるのかを問いかけてくる。
一方の『「台湾菜」の文化史』は、台湾の飲食文化を知るための必読書である。翻訳書として初めて辻静雄食文化賞を受賞した。専門書であり、かつ約490ージに及ぶ大著であることに二の足を踏むことなかれ。「台湾グルメ美味しい!」から一歩踏み出し「何が台
湾菜で、台湾の味なのか」が気になり出した読者にふさわしい一皿(一章)が必ず用意されている。それでもちょっと…という方には、訳者である天神裕子氏による書籍紹介という素晴らしい前菜を、本書は用意してくれている。

飲食文化というのぞき窓から台湾を知る

『臺灣書旅~台湾の食文化を知るためのガイドブック』のもう一つの見どころは、食べたり飲んだりするというとても日常的な事柄を通じて、台湾の歴史と現在を垣間見る8本のコラムだ。台湾鉄道弁当、ローカルグルメ、朝食店に夜市など、台湾を訪れたら絶対行くでしょ、食べるでしょという鉄板ネタから台湾社会への理解を深めることができる。
鉄板ネタもあれば変わり種も用意されている。人気のレシピサイト「iCook 愛料理」と家庭料理について取り上げたコラムでは、日本に比べると圧倒的に自炊する人が少ない台湾でのレシピサイトの意味合いを考えさせられる。
 日本、台湾、中国の国際関係性を台湾食材の流通から学べるコラムもある。日台間の食材の意外な交流を知ることで、食の安全保障について考えるきっかけにもなるものだ。

私にとっての台湾菜

本書の紹介を書いていて、ふと私にとっていちばんの台湾菜ってなんだろうという疑問が頭をよぎった。日本にいても愛食記(台湾のグルメアプリ)を開き、ときたま垂涎しているような私にとって、美味しいと思う台湾グルメは枚挙にいとまがない。
それでも、一緒に食卓を囲んだ人たちとの会話まで思い出せる一品はそれほど多くはない。だから、宜蘭の郷土料理である西魯肉は、その意味で私にとっていちばんの台湾菜なのかもしれない。西魯肉はとろみが強い羹で、細切りの白菜、人参、干し椎茸などの野菜と肉類が入っている。物資に恵まれなかった時代には、「肉」という字を冠しながらも肉類は入っていなかった。だから、今でもスープの上にたっぷりと載せられた蛋酥(揚げた溶きたまご)が主役と言っていい一品だ。
 西魯肉の起源についてはいくつか説がある。そのひとつに辦桌(屋外の宴席)で残った料理を翌日に再び調理して近隣住民に振る舞う菜尾湯に由来するというものがある。かつての辦桌は地域コミュニティの一大イベントであり、近隣住民の手も借りて料理の下準備や宴席の設営が行われた。残ったごちそうをひとつの鍋で煮込む菜尾湯は、ハレの日の残り香であり、感謝のしるしでもあった。
私が初めて西魯肉を食べたのは、生まれも育ちも宜蘭の、あるご夫婦を訪ねたときのことだった。その後も祖父母と同世代くらいの彼らの元を訪ねるたびに、卓上には西魯肉が用意されていた。蛋酥のジュワとした感じを思い出すとき、「かかか!」という明るい笑い声や、その明るさとは真逆の、言葉にすることを躊躇する記憶と感情が沈殿したようなまなざしが脳裏に浮かんでくる。
西魯肉は、きっとあの時過ごした時間の残り香であり続ける、忘れ難い私の台湾菜なのだ。