若林正丈

台湾の歴史

(講談社学術文庫、2023年)

TAIWAN bunko REVIEW

ナビゲーター

家永真幸

ハイレベルな入門書

本書は2001年出版のちくま新書『台湾――変容し躊躇するアイデンティティ』を増補、改題し、2023年に講談社学術文庫として出版したものである。
評者が初めて原著を手に取ったのは大学院修士課程に進学した2004年頃だった。学部生時代にちゃんと読んでいない時点で評者の意識の低さはお察しいただきたいが、大学院生にもなってようやく読了した評者は、あろうことか本書の奥付に「難しい」「分かりにくい」といった趣旨のメモを鉛筆書きで残した。メモを残したと言いながら文言を正確に引用できないのは、実は、後に当該コメントを消しゴムできれいに消したため、跡形もなくなっているからである。
個人的な思い出話をわざわざ持ち出したのは、本書をこれから読む若い人たちに、次のことをお伝えしたかったからである。第一に、本書は原著が新書という一般向け媒体であるものの、初読者にとって決してスッと頭に入るタイプの本ではない。しかし第二に、ある程度の前提知識を得てから読むと、本書は実に密度が高く、かつ非常に行き届いた内容であることに気づかされる。

台湾の複雑さを伝える濃密なストーリー

本書に限らず、若林氏の著作全般には、台湾で起こった内容豊富な事象を、なるべく短い語で過不足なく描写しようとする姿勢が共通している。その技巧は本書でも遺憾なく発揮されており、「はじめに」は台北市郊外の芝山巖という小さな岩山の紹介から始まる。芝山巖には先住民族の生活、漳州からの漢族の移民開拓、泉州人や客家も含めた移住者間の闘争、日本による植民地教育、中国国民党による恐怖政治といった様々な時代の痕跡が混在している。そのため、初学者は冒頭から大量の情報に圧倒されてしまうかもしれないが、台湾の歴史の複雑さを学ぶつもりで本書を手に取る者にとっては、その濃密さを最短距離で教わることができる。
本書は原著の9章(+はじめに、結び)に加え、2000年代以降の状況を補充する補論2編が収録されている。全体の7割ほどは戦後政治史に関する内容で、「学術文庫版のあとがき」で著者自身が述べるように、台湾で初めての政権交代に至る「20世紀末から21世紀初めという〔原著〕執筆の現在においてしか描き得ない同時代史としての臨場感」を大きな特徴とする。原著の副題であった「変容し躊躇するアイデンティティ」の文言は、本書補説Ⅰの副題になおも残されている。「台湾は何であるか」という問題意識を持つすべての読者にとって、本書はハイレベルな入門書として、必読書であり続けるだろう。