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臺灣書旅

台湾のジェンダー文化を知るためのブックガイド

(台北駐日経済文化代表処台湾文化センター 2025年)

TAIWAN bunko REVIEW

ナビゲーター

前原志保

「ジェンダーの物語」を読み解く道しるべ

『臺灣書旅―台湾のジェンダー文化を知るためのブックガイド』は、台湾社会の至る所に重層的に積み重なってきた政治、歴史、文学、社会運動といった営みの中に息づく「ジェンダーの物語」を掘り起こし、丁寧に読み解くための一冊である。難解な専門書でも、観光向けのカルチャー本でもない。硬派な知性と柔らかな感性が共存する、“道しるべ”となるブックガイドなのだ。
LGBTQ+運動、同性婚合法化、フェミニズム、#MeToo運動、移民女性、戦前・戦後と変化してきた家族観、女性の身体をめぐる言説、政治参加――各テーマごとに紹介される書籍や解説をたどっていくと、台湾の社会がいかに多様で、しなやかで、同時にしたたかに変化を積み重ねてきたかが浮かび上がってくる。ジェンダーや台湾社会に関心を持ち始めたばかりの人にも、すでに一定の知識を持ち、次に読む一冊を探している人にとっても、確かな指針となるだろう。

ジェンダーとはなんぞや

まず前提として確認しておきたいのが、「ジェンダー」とは何かという点である。ここでいうジェンダーとは、単に男女という生物学的な性差を指すものではない。社会学における「ジェンダー」とは、社会や文化によって作られた「男らしさ」「女らしさ」といった性別の役割、規範、意識を指す。

ジェンダーと私

私は福岡出身で、多くの人が皮肉をこめて語る「さす九」の環境の中で育った。「さす九」とは、九州地方に根強く残る男尊女卑的傾向を揶揄した「さすが九州」の略語である。しかし幸運なことに、私の両親は進路選択に関して「男だから」「女だから」という理由で制限を設けることはなく、「自分の好きな道を選びなさい。ただし責任は自分で取ること」という姿勢で接してくれた。その結果、私は高校卒業後から博士号取得まで、複数の国で学び、生活する機会を得ることにな る。
九州ではいまなお「女性に学歴は不要だ」と言い放ち、雑用や家事を当然のように女性に押し付ける人々(男女を問わず)が存在する。地域外を知らないがゆえに、その理不尽さに疑問を抱かないケースも少なくない。教育と環境がいかに重要かを、私は身をもって知ることになった。

私が初めて「ジェンダー」という視点に出会ったのは、カナダの大学時代に履修した Women’s Studies の授業だった。教室には数名の男子学生もいたが、中心にいたのは強い問題意識を持つフェミニストの女性たちで、ディズニー作品における美の規範や結婚による「幸福」像、日本のアニメにおける女性の身体表象などを題材に、活発な議論が交わされていた。それらは私にとって、まさに目から鱗の経験だった。なぜなら私はそれまで「女性はこうあるべき」「男性はこうあるべき」という規範を疑うことなく、自分の価値観として内面化していたからである。

その後、イギリスでの生活を通じて、ゲイである友人の家族や多くのLGBTQの友人と出会い、対話を重ねる中で理解を深めていった。当時の私は知識も理解も乏しく、今振り返れば周囲が怒っても不思議ではないほどの状態だったが、彼らは一つ一つ丁寧に私の問いに向き合ってくれ た。無知が恐怖や偏見を生む——その事実を、私は実体験として学んだのだ。

台湾の「ジェンダーの先生」に

台湾がアジア初の同性婚合法化を実現し、ジェンダー・ギャップ指数で上位に位置している理由は何か。――本書を読み終える頃には、「台湾=先進的なジェンダー平等社会」という漠然としたイメージから、「なぜそこまで到達できたのか」「何が今なお課題として残っているのか」という具体的な視点を持てるようになる。第一線で台湾研究に携わる案内人たちによる法律・政策の解説、そして俯瞰的に流れを把握するための年表や図解、文学作品の紹介には丁寧な時代背景の説明と批評が組み込まれている。

ジェンダーという角度から台湾社会を見るということは、台湾に生きる一人一人の民主化・人権・多文化共生の歩みをたどることでもある。私は幸運にも「ジェンダーの先生」と出会う機会を得てきた。もし、そうした存在が身近にいないと感じているのであれば、この一冊が、あなたにとって最初の「先生」になってくれるはずである。