家永真幸

台湾のアイデンティティ

「中国」との相克の戦後史

(文藝春秋、2023年)

TAIWAN bunko REVIEW

ナビゲーター

五十嵐隆幸

胸が熱くなる台湾本との出会い

「きたぞ、これだ!」ページを開いた瞬間、思わず声が出た。「パンダ外交」の研究で話題をさらった家永真幸さんが、今度は真正面から“台湾のアイデンティティ”に挑んでくるなんて…。台湾現代史の核心に挑んだのだ。ニュースでは「台湾有事」の危機ばかりが並ぶけれど、本当に知りたいのは「台湾はいかにして台湾になったのか?」という問いの答え。この本はまさにその問いをまっすぐに投げかけてくれる。
読み進めるうちに、戒厳令下の抑圧や白色テロの記憶、民主化を勝ち取るまでの道のりが鮮やかに浮かび上がる。オードリー・タンや蔡英文に象徴される自由と多様性の現在までが一気につながっていく感覚に、胸が熱くなった。ページをめくるたび、何度も「こういう語りを待っていた!」とつぶやいてしまった。
スラスラと読んでいくうちに、気づけば台湾現代史の奥深い森に迷い込み、抜け出せなくなっている。「ああ、これぞ新書の魔力!」と何度も膝を打った。

「親日」「反中」じゃ測れない台湾

まず推したいのは、二元論を超える視点だ。「親日だから台湾が好き」「反中だから味方」といった単純なレッテルでは捉えきれない複雑さに、著者は徹底的に光を当てる。
台湾を日本の敵か味方かでくくってしまうと、その奥行きが丸ごと見えなくなる。本書はそれを真っ向から否定する。反体制運動、在日台湾人の葛藤、ひまわり学生運動に至るまで、複雑さを複雑なまま描き切っている。読んでいて、「そうそう、台湾の面白さはここだよ!」と頷きっぱなしだった。読者の心をグッと摑んで離さない。

データが人間ドラマになる瞬間

1992年には17%しかいなかった「自分を台湾人と考える人」が、2023年には63%に。ドーン!と示される数字にゾクッとする。グラフを見て「おおっ」と息をのむ。だが著者はそれをグラフで終わらせない。
そのグラフの先に人々の姿が浮かび上がってくる。激動の時代を生きた人々の人生と重ねて描き出すことで、数字に命が宿る。データが生き生きと胸に迫ってくるのだ。データと物語が呼応し、読者の心を震わせる瞬間がある。

踏みとどまる勇気が未来を創造する

この本は「現状維持」を希望する民意を、決して停滞や臆病と片づけない。むしろそれを、自由と民主主義と多様性を守るための合理的な選択肢として描く。その視点にハッとさせられた。独立でも統一でもなく、あえて“この場所に踏みとどまる”――それが台湾人の選択だと知ったとき、私は深くうなずき、何度もページを閉じては余韻に浸った。

この一冊は、研究者にも一般の読者にも刺さる。読み終えたあと、「台湾のアイデンティティ」というタイトルが、決して看板倒れではないことに気づくだろう。読み終えて残るのは、「危機の台湾」ではなく「生き抜く台湾」の姿。スリリングで、こんなにも人の心を揺さぶる、それでいて静かな納得感をもたらす一冊である。