工場の入口(郭書瑜氏提供)
宜蘭酒廠
宜蘭酒工場
酒専売制度から自由市場へ―台湾で最も古い酒工場
1909 年に創設された宜蘭酒工場は、台湾で最も古い酒工場です。その前身は、民間経営の宜蘭製酒公司でした。日本植民地統治下の1922年、台湾総督府は酒類専売制度を導入し、宜蘭酒工場は総督府専売局の直接管理下に置かれました。戦後、中華民国政府は、戦後の財政難に対処するため、台湾での酒類専売制度を継続しました。その後政府がWTO加盟を目指したため、酒とタバコの専売制度は2002年に撤廃されました。宜蘭酒工場も、酒類のマーケットが自由化に向かうなか、さまざまな組織改革を経て、現在の形になりました。
学びのポイント
自由マーケットへの参入:宜蘭酒工場の観光工場化
現在、宜蘭酒工場では酒の製造が行われていますが、併設の甲子蘭酒文物館で、工場の歴史、酒造りの工程、紅露酒の特徴や酒の文化的意義などを詳しく紹介しています。充実した展示の裏側には、宜蘭酒工場が専売制度から自由競争市場へと移行するために行った改革の努力があります。1970年代頃から、宜蘭市の都市開発のため、宜蘭酒工場を郊外に移設する計画が出始めました。しかし、酒類販売の自由化が進むなかで、酒工場の経営はすでに悪化しており、宜蘭酒工場は、博物館として地域と共存することを目指しました。近隣の小学校と連携し、入学する児童にお祝いとして酒を醸造し、卒業時にその酒を児童全員に贈る試みを始めました。こうした努力によって、宜蘭酒工場は地元に溶け込み、宜蘭の人々の酒工場となりました。
宜蘭県の「県酒」:紅露酒
2004年に宜蘭県は宜蘭酒工場の紅露酒を公式に「宜蘭県酒」と呼ぶと定めました。台湾では古くから紅麹で酒の醸造が行われ、できた紅露酒は「東洋の赤ワイン」と称されます。紅麹とは、米や小麦などの穀物をカビの一種である紅麹菌を混ぜて発酵させたものです。紅露酒は、昔は結婚式や誕生日祝いなどの祝宴でよく飲まれた酒で、祖先への供養にも使われます。宜蘭酒工場は紅露酒の製造では台湾で最も有名です。第二次世界大戦中に一時製造が途絶えるなどの苦難を乗り越えて、紅露酒は現在でも宜蘭の名産品の一つです。宜蘭酒工場の構内にある台湾紅麹博物館では、紅麹の製造と利用について紹介されています。
宜蘭の「県酒」紅露酒のモニュメント(山﨑直也氏提供)
さらに学びを深めよう
- 【事前学習】専売制度はどのようなものなのかを調べてみましょう。
- 宜蘭酒工場の名称は政府の方針によって何回も変わりました。どの時期にどのような名前だったかを調べてみましょう。
参考資料
SNET台湾制作の専門的な論考ですが、日本統治期における台湾の酒類専売制度について、平井廣一「日本統治下の台湾における酒専売の成立と展開」『酒史研究』第12号、1994年9月。
があります。
- ウェブサイト
- 公式
https://event.ttl.com.tw/yl/about/01main.aspx?cateid=169
(中国語)
- 所在地
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宜蘭県宜蘭市旧城西路3号